株式会社ギンビス 代表取締役社長 宮本周治さん
―日本橋浜町。かつては、広大な武家屋敷が広がっていた古くから続く江戸の街。歴史と伝統を受け継ぎながら、変わりゆく街の息遣いを、そこで働き暮らしを営む人々の言葉を通して魅力を紐解きながらお届けします。
今回訪れたのはお菓子の「たべっ子どうぶつ」や「アスパラガスビスケット」「しみチョココーン」でおなじみの株式会社ギンビス。1969年に浜町に本社を移転してから50年。宮本周治社長が見てきた、浜町の移ろいとは?
50年以上愛される、ギンビスの“変わらない味”
―御社が浜町に拠点を置いて、50年ほど経つそうですね。
1930年の創業時、拠点は墨田区の錦糸町にありました。当時の屋号は「宮本製菓」。それから戦災を乗り越えて、1945年には銀座に営業所とレストラン「銀座ベーカリー」をオープンしました。当時、主力商品として販売していたのが「ギンビスコ」というビスケット。「銀座」と「ビスケット」を合体させた造語です。
浜町に移転したのは、1969年。1974年には本社社屋「ギンビスビル」を建設しました。そのタイミングで、屋号を「銀座」の「ビスケット」を意味する「ギンビス」に改めました。当時、まわりの建物と比較して特に高層だったギンビスビルは、首都高からもよく見えたそうですよ。
―御社がかかげる信念「お菓子に夢を!」について教えてください。
「お菓子に夢を!」には、お菓子を通じて本物の価値や夢を与えたい、という私たちの願いが込められています。ギンビスのお菓子を食べたお客さまの心を癒すようなお菓子を提供したい。私は、お菓子は平和の副産物だと思っているんです。海外の紛争地域や情勢が悪化している地域では、あまりお菓子を見かけません。日本も戦後10年経った1955年くらいから自動車産業や食品産業と並んで、製菓業界が隆盛しました。お菓子の力で、世界平和にも貢献できると思っています。
―御社のロングセラー「たべっ子どうぶつ」や「アスパラガス」を食べて、育った消費者も多いと思います。
アスパラガスを発売してから、50年以上が経ちます。これだけ長く親しまれているお菓子は、国内外を見てもそれほど多くありません。高齢者から保育園児まで親子三世代にわたって食べられているわけです。お客さまのなかには「おじいちゃんが好きだったから」とお仏壇に供える方もいるのだとか。
1978年に発売した、たべっ子どうぶつもファンが多いです。日本全国でお召し上がりいただいており、親子のコミュニケーションツールにもなっているようです。
日本のみならず、東南アジアやヨーロッパなど23の国と地域に流通していて、香港では40年近くも愛されている。のり味やあずき味、バナナ味といった日本にはないフレーバーを展開しており、独自の進化を遂げています。
―なぜそこまでの人気があるのでしょうか?
やはり、いつ食べても変わらない味を提供しているからでしょう。たとえ、10年ぶりに食べても「そうそう、この味!」と満足させられる味とクオリティだからです。じつは、この変わらない味を維持するというのがむずかしい。というのも、アスパラガスやたべっ子どうぶつの主原料になっている小麦粉は、季節やその日の気候に強く影響を受けてしまうからです。製造工程のほとんどがオートメーションとはいえ、前日と同じ焼き方をすればいい、というわけではありません。最終的には熟練スタッフの肌感覚によってクオリティが保たれているわけです。「小麦はいきものと同じ」。これが製造スタッフが念頭に置いている言葉です。
少しでも焼き加減が甘かったり、食感に違和感があれば出荷することはできません。私も毎日味見するようにしています。
―2020年には創立90周年を控えていますね。
ときには老舗扱いもされますが、伝統に重きを置きつつも、時代の変化に合わせて変えるべきところは変えていきたいですね。新商品の「白いたべっ子どうぶつ」がひとつのモデルケースと言えるかもしれません。この商品の売りは、ホワイトチョコがしみ込んだビスケット生地。たべっ子どうぶつバター味の生地にチョコを含浸させる技術は、開発に16年近くかかりました。
「国際性(International)」「独創性(Independent)」「教育性(Instructive)」。わが社の企業理念「3つのI」を武器に、90周年をいいかたちで迎えることができれば。100周年に向けて、ギンビスのお菓子がひとつの文化になり、世界の平和に貢献することを目指していく所存です。
20年前とは大違い。どんどん人通りが増えていく
―浜町についての印象を教えてください。
創業者の祖父、先代の父が浜町に住んでいたことから、私も幼少時代から浜町公園でよく遊んでいたし、公園で開催される「中央区大江戸まつり盆おどり大会」もよく見物に行っていました。併設する「総合スポーツセンター」のプールもたまに利用させてもらっています。浜町はまちの雰囲気がいい。都心部でありながら、下町の風情が残っている。
―長く浜町を見てきて、まち全体に変化はありますか?
どんどんにぎやかになっていますよね。二十年前は土日でも閑散としていたんですよ。ところが、今はファミリー層も見かけるし、観光客と思しき外国人も多い。地下鉄や高速道路、バスターミナルなど交通の便がいいし、飲食店やスーパーも生活圏内に充実しています。人通りは増えたけど、騒々しさがないのも、このまちの魅力でしょう。
―御社と地域とのつながりについて教えてください。
販売店舗をもっているわけではないので、地元の方との関りはそれほど多くはないのですがイベントや催事に弊社のお菓子を提供することがあります。一昨年のハロウィーンもお菓子を配りましたが好評でしたね。
毎年、東京マラソンにうちの社員が参加するのですが、コースにギンビスビル近くの浜町中ノ橋交差点が含まれているんです。
東京五輪に向けて、さらなるにぎわいを期待
―浜町エリアでおすすめのスポットはありますか?
本社からすぐ近くの洋食屋「flax」には週一くらいで通っています。昔ながらの洋食メニューで、しっかり手がこんでいる。ほかには、道路を挟んだ対岸になるラーメン屋「ほしみ屋」にも。
あとは、「HAMACHO HOTEL」内のダイニングバー「HAMACHO DINING&BAR SESSiON」も何度か利用させてもらいました。オープン直後は、ずいぶんおしゃれなお店ができたもんだと感心しましたね。お店で開催されるイベントも気になるところです。
―浜町エリアのこれからについて期待することはなんですか?
来年は東京五輪があるし、これを機会に外国人観光客にももっと魅力を知ってほしいですね。何十年と浜町を見てきたなかで、今追い風が吹いているのがわかります。地元の人や企業がそのにぎわいを支えて、グっと押し上げる時期なのかもしれませんね。
株式会社ギンビス
[取材日:2019.10.9]
写真:鈴木優太 文:名嘉山直哉