谷や 和 店主 谷和幸さん
―日本橋浜町。かつては、広大な武家屋敷が広がっていた古くから続く江戸の街。歴史と伝統を受け継ぎながら、変わりゆく街の息遣いを、そこで働き暮らしを営む人々の言葉を通して魅力を紐解きながらお届けします。
今回は日本橋浜町、日本橋人形町で人気の讃岐うどん店を営む谷さんに、うどんへのこだわりやそれぞれの街の魅力などについてお話をお聞きしました。
19歳の若さで本格的なうどん修行の道へ
―まず、うどんの世界に入ったきっかけを教えてください。
きっかけはアルバイトです。僕は香川県の出身で、高校生の頃実家の近所に美味しいうどん屋さんがオープンして、放課後は時間が余っていたのでそこでアルバイトを始めました。初めは放課後だけお店に入ってたんですけど、そのうち朝からもお店に入ることになって、朝も放課後も店に行ってという生活になると、ただのアルバイト感覚だった筈が妙にハマってしまって(笑)。その頃は進学の時期でしたので、とりあえず親の手前、大学受験をして社会福祉という分野の大学に行ったんですけど、大学に通ってる間もずっと朝はうどん作りに行って、学校に行って授業が終わったらまたすぐうどん屋に行く生活を送っていました。2年間大学に行って単位も全部取得したんですが、なんかこう自分の中で違うな・・と。納得してやりたい道に進まなければ、後悔すると思って。悩んだ末、思い切って大学を辞めてうどん屋さんに就職し、そこから本格的な修行に入りました。当時まだ19歳でそこから3年間修行をして、22歳の時に修行先のお店が他県に支店を出すことになりまして、師匠に「支店長として全然知らない土地で挑戦してみろ」と言われ静岡県浜松市でお店を受け持つことになったんです。いきなり知らない土地で、しかも支店長という立場で、右も左もわからない少年ですよ(笑)。地元香川を離れて、色々な洗礼を受けながら2年が経ったころ、あるお客さんに「東京でお店を出したらどうか」と言われて。いずれは東京で自分の店を出すことが夢でもあったので、そのお客さんに協力していただき、思い切って東京出店を決めました。
―そして「谷や」として、2010年に人形町で開業されたんですね。人形町を選ばれたのはなぜですか?
もともと下町で店を出したいと考えていて、門前仲町と神楽坂と人形町で悩みました。どうせ出店するなら東京の真ん中でやりたいという気持ちがありまして、門前仲町だとちょっと外れてしまうし、神楽坂も魅力的だったんですが家賃が高くて、うどん屋だけで切り盛りしていくには厳しいと思い、人形町に決めました。「谷や」を出した8年前の人形町は今ほど注目されていなかったですし、今みたいに新しいお店やマンションも少なかったですね。
―2016年にはここ浜町に2店舗目となる「谷や 和」を出店しましたが。
2年前に安田不動産の方と出会い、お声がけをしていただいて、2016年に浜町で「谷や 和」をオープンしました。2店舗目は「谷や」とは違うコンセプトでやりたい気持ちがあったので、「谷や 和」ではうどん以外のメニューも増やし、お酒とお食事をゆっくり楽しめるような空間にしています。ですが、「谷や」というと、うどんのイメージが完全に定着しているので、そのイメージをどのように払拭するかが今もまだ大きな課題になっています。例えば牛丼屋さんがいきなり海鮮丼屋さんを始めても、お客さんからしたら疑問ですし少し不安ですよね。ただ、「谷や 和」はすごく良い場所にあるので、2店舗目として、どういった位置付けで、今後どうアプローチをしていくか、そして「谷や」とどう共存させながらそれぞれの街に貢献できるのかを僕の固い頭で考えていかなくてはいけないですね。
2017年にはうどん学校を開校
―後世の育成にも力を入れていらっしゃると聞きました。
人づくりにずっと興味があって、昨年末にうどん学校を立ち上げました。生徒さんはもちろん、それとは別でお店には修行生も来ているので、既に何人か独立していて独立支援として資金提供をしたり、今後は地元の香川県ともタイアップして、香川の学生さんに東京で一週間うどん屋さんを体験してもらうという様な企画を進めています。
―お店を経営する中で、日々感じる街の魅力はどんなところですか?
この辺りの地域の方々は横の繋がりがしっかりしていて、温かい人が多いです。こんなに近くても人形町と浜町とでは全然違うことに驚きました。人形町は「来るもの拒まず去るもの追わず」という雰囲気があって、自由な反面、少し寂しいときもある。浜町は「来たからには、みんなで一致団結してやっていこう!」という精神をすごく感じられる街だなと。
―今後の浜町に期待していること。
浜町は中央区エリアでもちょっと端の方で、マンションもすごく増えてどっちかと言うと今はベッドタウンですけど、せっかく東京都の中央区なので、もっと人が流動的に人が動く様な、もっと浜町に人が集まる様なまちづくりを地域の皆さんと一緒にしていきたいと思っています。
[取材日:2018.2.8]
撮影:鈴木優太 文:小野彩