リストランテ アル・ポンテ オーナーシェフ 原 宏治さん
―日本橋浜町。かつては広大な武家屋敷が広がっていた、古くから続く江戸のまち。歴史と伝統を受け継ぎながら変わりゆくまちの息遣いと魅力を、このまちで働き、暮らしを営む人々の言葉を通して紐解いていきます。
今回はトルナーレ日本橋浜町の2階にある、「リストランテ アル・ポンテ」の原シェフにお話を伺いました。浜町でお店を開いて32年間、“本当に美味しいイタリア料理が食べられるレストラン”として愛されてきたアル・ポンテさん。原シェフが感じる、イタリア料理と浜町に共通する“レトロの中にあるおしゃれ”という美学とは。
毎日食べてもおいしい。だからイタリア料理をやろうと思った。
―シェフの料理キャリアはフレンチから始まったんですよね。
僕が料理人を目指そうと思った当時、まだ日本でイタリア料理というジャンルのお店がほとんどなかった。パスタにしても「壁の穴」というお店ができてから、少しずつアルデンテという言葉が広まり始めたくらい。だから料理の修行も当然のようにフレンチからスタートでした。
―イタリア料理に転身しようと思われたきっかけはなんだったんですか?
25歳の時にフランスとイタリアを2週間くらいかけて回りました。コックだから朝昼晩、勉強のためにたくさん食べるでしょう?フランス料理と比べて、イタリア料理は毎日食べられてしかも美味しかった。パンだけじゃなくて麺やお米も使うから日本人の身体に合ったんでしょうね。それで帰国してすぐにイタリアンに転身しようと当時九段にあった「ラ・コロンバ」というお店に入ったんです。
―イタリアはこれまでにもあちこち行かれたんですか?
ほとんど回りましたよ。初めて修行したのは北イタリアのアルプスの下にあるボニャンコという町、それからミラノやトリノ、リグーリア、ジェノバ、ベネチア、ローマ、トスカーナ、サルディーニャ島など一通り回ってきて。50歳を過ぎてからシチリア島にも行きました。シチリアは産物が多くていろんな国の領土になってきた歴史があるから、食文化も多方面からの影響を受けていて面白いんです。
―アル・ポンテではいろいろなイタリアの地方料理が食べられるんですか?
冬はチーズやトリュフを使った温かい北イタリア系の料理、夏はトマトや魚介などを使った南イタリア系の料理という風に、各地方の料理をベースにしたメニューを季節に合わせて出しています。あとシチリアで出会ったシンプルな魚介料理に感動して以来、ずっと作り続けている魚介料理がスペシャリテです。ワインも各地方のものをそろえて料理とのマリアージュをおすすめしています。
―イタリア料理といえばピッツァにパスタが思い浮かびますが、もっと多種多様なんですよね。
ピッツァやパスタみたいにお腹いっぱい食べよう!というイタリアンも美味しいですが、うちではワインや食材を選んだり、旬のお勧めを聞いたり、そういうイタリアンを楽しんでほしいです。予約をして行くリストランテで食事をすると、テーブルの座る位置や、シェアしたい料理はスタッフに取り分けてもらうとか、デートのときにスマートに見えるような振る舞いも勉強できますよ。例えばうちはデザートをワゴンで数種類出して選べるスタイルにしているんですが、どれにしようか迷う女性に「全部頼めばいいよ」って言えたら、ちょっと格好良いですよね。
―良いレストランで食事をすることは人間力を高めるんですね!
そこまではわからないですけれどね(笑)。うちは1000円からランチが楽しめる気軽さがありつつ、実はお皿を全部リチャードジノリにしていたり、この重たいカトラリーも「サンボネ」というイタリアでは一番のブランドのシルバーを選ぶなど、ちゃんとしたものをお客さんに楽しんでもらいたいと思っています。セルフサービスのカフェで飲むコーヒーと、格式高い喫茶店で飲むコーヒーは違うように、堅苦しくないなかで本当のおしゃれな食事体験ができるお店でいたいです。
クラシックの中にさりげなく潜むお洒落感。それが日本橋浜町とイタリア料理の美学
―日本橋浜町でお店を始められたのは1990年ですよね。どうして浜町だったんですか?
浜町に来るまでは西麻布のお店にいたんですが、なんだかずっと背伸びをしていないといけない気がしていました。でも浜町はすごく心で感じ合える感じがした。街に溶け込むまでは少し時間がかかりましたが、その分可愛がってもらえました。移転前のお店は入り口が2つあって、VIPのお客さんも多いお店でしたね。当時はそういうのがステイタスでしたから。
―原さんは日本橋浜町の街がしっくりきたんですね。
イタリア料理ってそういう料理なんです。クラシックな中に生きるお洒落感。浜町もさりげない中にこだわりが潜んでいる、そういうセンスが好き。イタリア料理もフランス料理のようにお皿の上をアートするようなスタイルが主流になってきたけれど、もともとは素朴な中にちょっとした装飾を効かせるのがイタリアンの美学。この白いお皿もボテッとして洗練されていないけれど、そこにおしゃれ感を出したいんです。
―イタリア料理かっこいいです。ご近所で好きなお店やお気に入りのスポットはありますか?
人形町の「和敬」っていう和食店はいいですよ。もともと西麻布のお店で料理長をやっていた方が奥さんと二人でやっているんですが、この店主が面白い方なんですよ。あとは隅田川沿いの景色も好きですね。芝生のところとか、IBMの裏なんかきれいですよ。浜町へ来たばかりの頃は蔵がある家や井戸があったりしてね。風情があっていいなぁと思っていました。
―最近の浜町は原シェフの目からどんな風に見えますか?
近代化しているから普通のベッドタウンみたいになるのはさみしいよね。イタリアでも建物の中は新しくても外側は残さなきゃいけないっていう約束があったりするけれど、新しかったりスタイリッシュにする分、反対側をデザインしていくのは大事だと思います。公園を良くするとか、レトロな小道を一本作るとか。あのグリーンいっぱいのHAMACHO HOTEL、あのデザインはね、すごいです!よくあのデザインを実現しましたよね。植物も全部本物なのがすばらしいですね。古いものは古く、もともとあるものを尊重しながらまちができていくと嬉しいです。
リストランテ アル・ポンテ
東京都日本橋浜町3-3-1 トルナーレ日本橋浜町2階
電話:03-3666-4499
[取材日:2021.2.10]
写真:北浦汐見 文:井上麻子