カゴメ株式会社 代表取締役社長 山口聡さん
―日本橋浜町。かつては広大な武家屋敷が広がっていた、古くから続く江戸のまち。歴史と伝統を受け継ぎながら変わりゆくまちの息遣いと魅力を、このまちで働き、暮らしを営む人々の言葉を通して紐解いていきます。
今回は、カゴメ株式会社の”新”代表取締役社長・山口聡さんが登場。「トマトの会社から、野菜の会社に。」というスローガンの実現に向けて、大きな変革の時を迎えたカゴメ。その中心にあるのは、「みんなにもっと野菜を食べてほしい!」というシンプルな想いです。全国民を野菜好きにするための新プロジェクトや、山口社長と浜町の思い出まで、たっぷりと聞いてきました。
めざせ日本人の野菜不足解消。合言葉は「野菜をとろう あと60g」
―2020年1月に就任された山口社長。”変革の人事”という印象ですが、今後カゴメさんは大きく変わっていくのでしょうか?
弊社は「トマトの会社から、野菜の会社に。」という長期ビジョンを掲げ、これまでも様々な取り組みを進めてきました。今回は、2025年に弊社が到達したいゴールへ向けて、ここでもう一段スピードアップして成長していこう、というタイミングでの就任となりました。
―ずばり、カゴメさんの一番やりたいことは「野菜をもっと食べてもらう」ということでしょうか?
そうなんです! この10年間、日本人は野菜不足の状態。みなさんに毎日野菜を食べてもらい、最終的により健康になってもらうことが我々のゴールです。簡単なことではないですが、内外に公言してしまっているので(笑)、何年もかけてじっくりとやっていきます。その一環としていま打ち出しているのが「野菜をとろう あと60g」というキャンペーンです。
― テレビCMも拝見しました。なぜ”あと60g”なのですか?
みなさんは1日にどれくらいの量の野菜を食べたらいいかご存知ですか? 厚生労働省は350g以上を推奨していますが、そのことを知っているのは国民全体の約16%しかいません。日本人の平均の野菜摂取量は290gで、”あと60g”不足している状態。なのでまずは皆さんに、1日350gという摂取量の目標と、自分がいまどれくらい野菜を食べているのかを知ってもらうことから始めようというわけなんです。
―たしかに自分がどれくらい野菜を摂れているかわからないですね…。
今日はせっかくいらしていただいたので、これをやってみましょう。「ベジチェック」というシステムで、自分の野菜摂取量を測ることができるマシンです。やり方は簡単で、手の平を機械に30秒間当てるだけで、その人の野菜の摂取量が12段階で判定されます。あなたは5.5なので、今日から今までの2倍野菜を食べてください。今日からですよ!(笑)。今後は全国のみなさんに「ベジチェック」をやってもらえるイベントを企画中です。
―たしかに自分の野菜不足を知ると「食べよう!」となりますね。毎日野菜を摂るにはどうしたらいいんでしょうか?
日本では”野菜は生で食べるのが良い”という考えが根強いんですが、実は加熱調理をしても栄養素はそんなに損なわれません。むしろカサが減って量を食べられるし、調理したほうが吸収率が上がる栄養素もある。だからソースやスープ、おかずで摂るのがおすすめです。そういったレシピもウェブサイトなどを通じて発信しています。料理をする暇がない方は、野菜ジュース1本でも取り入れてもらえたら、確実に変化が出ますよ。
アグリツーリズムに地方創生。野菜で日本を元気にするカゴメの新チャレンジ
― 今年3月にカゴメさんが異業種19社と一緒に発足された「野菜摂取推進プロジェクト」にはすごいメンバーが集まっておられますが、なにが起こるのでしょうか?
国民全員の野菜不足を解消するために、カゴメだけで出来ることは限られています。そこで、食品業界以外の企業と結束してこのプロジェクトを立ち上げました。星野リゾートやウォルト・ディズニー・ジャパン、パナソニックなど、賛同してくださったさまざまな企業のアイデアや技術を活かしながら、野菜の新しい魅力を発信していきたいと思っています。
― その一つが星野リゾートさんと共同企画された「ベジ旅」ですね!
星野リゾートの「リゾナーレ那須」という宿泊施設で、宿泊客の皆さんに農業体験やカゴメの研究部員による野菜レクチャーを受けていただき、野菜のおいしさや楽しさに触れてもらうというアグリツーリズム企画です。第一弾は10月に開催するのですが、すごく楽しみですね。
― カゴメさんが野菜自体を生産する、ということもあるのでしょうか?
野菜の会社というからには、いろいろな種類の野菜を扱い、いろいろな形でお届けできないといけません。いまトマトとベビーリーフの生産をしているのですが、今後どんなものを作れば皆さんに喜んでいただけるか考えているところです。それから、北海道の壮瞥町という町の農業法人と組んで会社を立ち上げて、国産たまねぎの生産と加工をやっていくプロジェクトも進行しています。町の廃校をたまねぎ加工工場にして、2022年くらいに始動する予定です。地方を元気にすることや、農業振興というのも我々が取り組むべき課題です。
―たしかに、野菜の作り手を守らないと野菜を食べることはできなくなりますね。ちなみに、社長が一番好きな野菜はなんですか?
ははは。社長就任の時に社内報で「自分を野菜に例えると?」という質問がありましたので、その答えを回答にしたいと思います。なかなか苦しい質問だったのですが、私は「オクラ」と答えました。理由は、「スパッと切れるけど、意外と粘ります」ということで。トマトじゃベタすぎますからね(笑)。粘り強く、野菜好きを増やしていけたらと思います。
日本橋浜町に通って20年以上。山口社長の定期的に食べたくなるランチとは?
―カゴメさんが浜町に東京本社を移されたのは1998年7月ですが、このまちとの思い出はありますか?
20年以上、人形町駅から甘酒横丁、浜町緑道を通ってこの社屋に通うというのが私の通勤ルートなのですが、風情があってとても気に入っています。なかでも緑道は好きな風景の場所の一つ。時には桜がきれいに見えたり、時にはモヤモヤした気持ちだったり…良い時も悪い時も通ってきた、思い入れのある道です。
―山口社長が思う、浜町の魅力ってどんなところでしょうか?
職業柄、まちのいろいろな飲食店へ出かけるのですが、20年以上営業されている老舗もあれば新しい店もあり、横丁に入ればカウンターだけの飲み屋もある。本当にまわるのが楽しいまちです。あとは、仕事と暮らしが共存しているところでしょうか。朝の風景の中でも、通勤している人、列をなして登校している小学生、散歩しているご高齢の方、ベビーカーを押しているママさんなど、様々な人が入り混じっていて、いいまちだなぁと思います。
―個人的に好きなお店があったら教えていただきたいです。
できるだけ色々なお店に行きたいので決まったところはあまりないのですが、T―CATにある「龍鳳」という中華屋の担々麺は定期的に無性に食べたくなりますね。最近は外でランチをすることができないのでなおさら恋しいです。
―カゴメさんは浜町で「ベジキッズ」という保育園を運営されていたり、地域でも活動されていますよね。
「ベジキッズ」は弊社の女性社員から生まれたアイデアなのですが、普通の保育に加えて食育の要素もある保育園です。ハロウィンの時には、子どもたちが会社までお菓子をもらいに来るんですよ。まちの清掃活動や、浜町マルシェにもトマトすくいなどで参加させていただいたり。これからもうちがお手伝いできることがあれば、やっていきたいと思っています。さまざまな人が入り交じる浜町のような場所はなかなかないと思うので、仕事をする人も、住んでいる人も心地よいまちになっていったらいいなと思います。
カゴメ株式会社
[取材日:2020.9.10]
写真:北浦汐見 文:井上麻子